月別アーカイブ: 2016年5月

仁徳天皇陵

堺市 仁徳天皇陵

76描 仁徳天皇陵

はーい!こんにちは、はせがわです。

大阪府堺市にあります仁徳天皇陵に行ってきました。

エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つといわれ、上から見ると円と四角を合体させた前方後円墳という日本独自の形で、5世紀中ごろに約20年をかけて築造されたと推定されています。
日本最大の前方後円墳で北側の反正天皇陵古墳(田出井山古墳)、南側の履中天皇陵古墳(石津ヶ丘古墳)とともに百舌鳥耳原三陵と呼ばれ、現在はその中陵・仁徳天皇陵として宮内庁が管理しています。前方部を南に向けた墳丘は全長約486m、後円部径約249m、高さ約35.8m、前方部幅約307m、高さ約33.9mの規模で3段に築成されています。左右のくびれ部に造出しがあり、三重の濠がめぐっていますが、現在の外濠は明治時代に掘り直されたものです。葺石と埴輪があり埴輪には人物(女子頭部)や水鳥、馬、犬、家などが出土しています。
昭和30年代と最近の調査で造出しから須恵器の甕が出土し、古墳が造られた年代を知る資料として話題になっています。
明治5年(1872年)には、前方部で竪穴式石室に収めた長持形石棺が露出し、刀剣・甲冑・ガラス製の壺と皿が出土しました。
出土品は再び埋め戻されたといわれていますが、詳細な絵図の記録があり、甲冑は金銅製の立派なものだったようで、アメリカのボストン美術館には、本古墳出土と伝えられる細線文獣帯鏡や単鳳環頭太刀などが所蔵されています。
日本最大の前方後円墳にふさわしく、周囲に陪塚と考えられる古墳が10基以上ありますが、塚廻古墳を除いて、主体部の構造や副葬品のわかっている古墳はほとんどありません。仁徳天皇陵とされていますが、日本書紀などに伝えられる仁徳・履中の在位順とは逆に、履中天皇陵古墳よりも後で築造されたことがわかっています。
全周2.8kmの周遊路として整備され、南側前方部と西側には遊歩道、南側車道は桜並木にもなっていて、古墳の中に入ることはできませんが、濠の外からでも巨大さを十分に実感することができます。西側歩道中央部には犬養孝博士揮毫による、仁徳天皇皇后の磐之媛命(いわのひめのみこと)の万葉歌碑があります。
地元では「仁徳さん」「御陵さん」と親しみを込めて呼ばれ、江戸・明治時代には石棺や甲冑などが発見され、その時描かれた絵図が伝わっており、昔は桜の名所として人々に親しまれていました。拝所は大仙公園側にあり、整然として厳かな雰囲気です。
出典 http://www.sakai-tcb.or.jp/spot/spot.php?id=126

ランニングコース、ウォーキングコースとして仁徳天皇陵、白鷺公園、大津池が利用されていいます。

ご覧いただきありがとうございました。次回もぜひお会いできること楽しみにしています。
はせがわきよしでした。

 

西宮市大谷記念美術館にスイスデザイン展を観に行きました

西宮市大谷記念美術館 元永定正「あかからだんだん」

75描 西宮市大谷記念美術館にて

はーい!こんにちは、はせがわです。

西宮市中浜町4-38に在ります西宮市大谷記念美術館に、スイスデザイン展を見てきました。小さな美術館ですが、入場者も少なくてゆっくりと見学できるので好きな美術館の一つです。それに、お庭の手入れがいつも行き届いています。
スイスデザイン展は、色々な物が多すぎてチョット残念でした。

以下はWEBにありました説明です。

スイスデザイン展

 永世中立国として独自の道を歩んできたスイスは、デザインの分野でも質の高さとユニークさで世界の注目をあつめる存在です。実用性と機能性を好み、伝統と最新技術を融合させながら手仕事的なぬくもりと美しさを愛するスイス人気質は、「スイス・ブランド」として現在に受け継がれています。
2014年の日本とスイスの国交樹立150年にあわせて企画された本展は、近代デザインの草創期から、その開花を迎える20世紀中葉、そして多様な価値観とアイデアの展開する現在まで、世界に向けて発信されたさまざまなデザインを紹介します。鉄道や航空など「観光」におけるデザイン、そして時計や靴、家具やファブリックなど多様な領域におよぶ各ブランドの取り組み、その歴史と背景、思想とコンセプトは、スイスのデザイン文化の豊かさを身近なところから語ります。ル・コルビュジエ(1887-1965)とマックス・ビル(1908-1994)の二人の巨匠の仕事は、スイスデザインの合理性と普遍性を考える手がかりとなるはずです。そして近年のスイスデザインアワード受賞者たちの先端的な作品は、私たちの生活とデザインの未来を感じさせてくれるでしょう。
知られざるデザイン大国スイスの全貌を紹介する、日本で初めての試みにご期待ください。

会期
2016年4月2日(土)~5月29日(日)

ご覧いただきありがとうございました。次回もぜひお会いできること楽しみにしています。
はせがわきよしでした。

 

2016年 御影だんじり祭り

御影のだんじり (1)

74描 御影だんじり祭り

はーい!こんにちは、はせがわです。

さて、今回は、神戸市東灘区の「御影だんじり祭り」が5月3~4日に行われました私は4日に弓羽弦神社の宮入りを観に行ってきました。
お天気もよく境内は、大勢の人たちでいっぱいでした。いつも元気を貰ってきます。

だんじりとは
関西・西日本の祭礼のひきもので、車輪をつけた車上に人物・草木・鳥獣などの飾りを立てて、はやしを行い引いて練って行くもの。鉾を立てない点で山鉾(やまぼこ)とは異なる。
東灘のだんじりの歴史
だんじりフォト江戸時代には各村落の祭りにだんじりが引き出されていたようです。住吉の茶屋地区のだんじりは1838(天保9)年の作で、現存する最古のだんじりのひとつですが、1979(昭和54)年に大阪の天王寺から購入したものなので、純粋に現存最古のだんじりは空地区1887(明治10)年のものといわれています。
1892(明治25)年:保久良神社(三条・津知・北畑・田辺・小路・中野)のだんじり町曳きが始まる。
1920年代(昭和初期):昭和天皇ご大典を契機にだんじり購入・新調ブームが起きる。
第2次大戦中:戦争により、約3年間中断。
1965(昭和40)年~:自動車優先時代の到来に伴う交通 規制、レジャーの多様化に伴うだんじりの担い手の若者の減少により、だんじりのあるものは焼却処分、あるものは他地区への譲渡といったことがみられるようになり、地域社会の弱体化・氏子組織の解体が進むようになる。各地区で町曳き中断。
1975(昭和50)年~:各地区だんじり復活ブーム。
1976(昭和51)年:神戸まつりに岡本のだんじりが初参加。
1979(昭和54)年:茶屋のだんじりが復活。18年ぶりに弓弦羽神社のだんじりまつりがおこなわれた。
1980(昭和55)年:35年ぶりに住吉村7地区のだんじりが本住吉神社に勢揃い。
1985(昭和60)年:中御影のだんじりが65年ぶりに改修される。魚崎のだんじりが40年ぶりに復活。
1986(昭和61)年:野寄のだんじりが41年ぶりに復活。東明のだんじりが45年ぶりに復活。
1987(昭和62)年:5/4山手幹線の開通を機に、『本山だんじりパレード』始まる。浜御影地区のだんじりが42年ぶりに復活。
1988(昭和63)年:御影本町のだんじりが43年ぶりに復活。
1990(平成2)年:11/12奉祝東灘だんじりパレードが行われる。
1993(平成5)年:6/9慶祝東灘だんじりパレードが行われる。28台が参加。
1995(平成7)年:1/17阪神大震災発生。東灘区では約1400人の死者が出た。神社、だんじり も大きな被害を受け各地区のだんじりまつりは中止。5/4JR摂津本山駅前でだんじり囃しがおこなわれたのみ。
1996(平成8)年:5/3~19にかけて、震災復興の旗を掲げ28台のだんじりが曳き出された。
1998(平成10)年:明石海峡大橋開通に先立つ「橋上イベント総合開会式」において「御影」のだんじり8台が大橋を運行。

出典 http://www.city.kobe.lg.jp/ward/kuyakusho/higashinada/shoukai/shoukai/danjiri.html

ご覧いただきありがとうございました。次回もぜひお会いできること楽しみにしています。
はせがわきよしでした。